山口100萩往還マラニック140kmその12006年05月03日 18時10分00秒


昨年に続き2回目ですが、今回は二人の友人も交えての参加となりました。この大会は50人づつのウェーブスタートで、翌朝の35kmに参加する女房の声援を受けて瑠璃光寺を18時10分の第三ウェーブでスタートしました。
三人とも1kmほど先にある山口福祉センターに着替えの荷物を置いておくため、それを抱えての走りでしたが、友人の一人はなんと、道中で仮眠するときのためのマット持参でした。

昨年来の足底筋の痛みから不安な出だしとなりましたが、お喋りをしながらの走り、多少の寒さを感じながらも一番目のエイドしゃもじ(14km)に到着、ここまで給水なし、トン汁とおにぎりに冷たいお茶を頂きました。
ここでヘッドランプを取り出し、峠道に入りました。再び国道に出て暫く行くと防府からスタートしたウォーキングの人たちとすれ違い始め、お互いに声を掛けて前に進みました。防府の英雲荘(22.40km)に着いたのが昨年から30分遅れの21時10分でした。

折り返して、再び、しゃもじ(30.80km)に着き、食券を使って肉ウドンを食べました。山口福祉センター(43.35km)に着いたのが、24時ぐらいで、ここではおにぎりに味噌汁をもらい、長袖に着替えました。

山口100萩往還マラニック140kmその22006年05月04日 15時10分00秒

山口福祉センターから1.5kmほどで、いよいよ萩往還道に入りました。
もちろん真っ暗、ヘッドランプを消すと一面の星空、なんと星の数の多いことか。
往還道の登りになると足が勝手に動き出し、いつしか独りになってしまいましたが、昨年一度通った道なので安心でした。途中、おばあさんの私設エイドの大福を頂き、足を進め、佐々並市(58.45km)に3時19分に着きました。ここではコーヒーを頂きました。再び往還道を行き、明木市(67.70km)に着いたのが、5時6分。さらに足を進め山道に入る手前で、猛烈な眠気がきてしまい、思わず手近なベンチに横になり眠ってしまいました。

走っている足音で起きましたが、空は明るく、あわてて萩城址を目指しました。萩城址(79.15km)に着いたのが8時、ここで再び半袖に着替えました。

昨年よりも2時間ほど遅いので、そのぶん無理をしなかったせいか、足は快調でした。痛み止めを服用していたせいか足底筋の痛みもそんなに感じませんでした。笠山(88.79km)のチェックポイントを経て虎ヶ崎(91.46km)に着いたのが9時52分。ここでは、ぐっとビールを我慢してカレーライスを頂きました。
昨年は、この地点でもうボロボロでしたが、今年はまだ足が動き、すれ違うランナーたちと声を掛け合いながら進み、最終チェックポイントの東光寺(99.70km)には11時16分に着きました。

萩市内を離れ、再び往還道を行き、昨年リタイアした明木市(110.75km)に着いたのが13時6分。残り25kmを5時間なら何とか時間内ゴールも可能かと足を進めましたが、右太ももの痛みがひどくなり、下りの道に足が置けないような状態まで悪くなってしまいました。休んでも一向に回復せず、足を引きずりながら山道から舗装道に出たところで足を投げ出してしましました。
10分ほど休んでいると、運良く萩から帰ってくるバスに拾ってもらい何とか瑠璃光寺まで帰ることができました。

距離118km、21時間、4日午後3時10分にリタイア、
完踏はできませんでしたが、充実感一杯、ビールが美味かった!

気持ちは早、来年の参加!一年が待ち遠しい!!!

オトシモノ2006年05月05日 23時07分02秒


萩往還から一夜明けて、錦帯橋を見にいきました。
在来線をつかい、湯田温泉から新山口、徳山を経て西岩国までです。徳山からの列車は2両連結、運転士のみのワンマン列車で車掌はいません。
先に進むにつれて、混みだしてきました。とあるホームに着いてふとポスターを見ると「フレンドシップデー」、米軍ベースがあるところでは良くあることですが、航空ショーがあると書かれていました。
それで、こんなに混んできたのか。
目的地に近づくにつれて、通勤電車なみになり、やがて、西岩国駅。満員で暑かったこともあり、長袖シャツを脱いでいたので、それをショルダーバッグに引っ掛けて、マラソンバッグを抱えて、降車するために1両目まで移動してやっとホームに立てました。

さあ、ここからどうやって、錦帯橋に行くかとバス停をウロウロしていたら、ショルダーバッグに掛けていたはずのシャツが無い!!!
シャツには、財布と携帯電話が・・・。
そうだ、たぶん、あの混雑をすり抜けた際に落ちたのだ!西岩国は無人駅、終点の岩国駅まで連絡すると、その列車は、たった今、折り返しで徳山に向かってしまい、しかもワンマン、調べようがないとのこと。

気もそぞろで錦帯橋の観光をしていたら、車内にあったとのこと、安堵。
そして、送ってもらうには時間が掛かりそうなので、徳山まで取りいきました。

岩国駅で対応してくださった女性職員の方、大変親切でした。感謝!

安芸の宮島2006年05月06日 18時26分58秒


広島市内から市電とフェリーを乗り継いで、宮島に行ってきた。
初めて訪れる場所だったが、なかなか良かった。時間があまりなく、山のほうまでは行けなかったので、次の機会があれば丸一日かけて訪れたい。

マラニックの疲れをとるために、名物のアナゴを食べた。

午後は、これも初めてだが、原爆ドーム、平和記念資料館に行った。出張では何度も来ている広島だが、初めて見る場所、資料には驚かされた。

夜行バス2006年05月07日 18時34分38秒

女房と一度、夜行バスに乗ろうということで、広島から東京八重洲まで乗った。
広島のバスセンターを19時18分発、バスは3列シートで中々快適、乗る前に買った弁当にビール。幾つかの停留所で乗る人がいて満席、しかし何時のまにか寝てしまいました。
今朝の7時に八重洲南口に到着。

昔のバスとは大違い、費用と時間の節約には大変便利な移動手段、それが夜行バスと改めて認識しました。

山口100萩往還マラニック140kmその32006年05月07日 18時59分41秒


山口100萩往還マラニック140kmの部に参加すると、走るのに次の三つのものを持っていかなければなりません。
1.名前・ナンバーなどが記入されたワッペン
2.点滅灯
3.チェックシート

1は、長い行程のなか、見知らぬランナー同士の話しのきっかけになります。
2は、夜の行動には必須です、特に萩往還道の峠道では、ボーとしていると道を間違えてしまうので前のランナーの点滅灯は道しるべです。
3は、往還道のチェックポイントをちゃんと通過したという証明になります。このシートを無くすと完踏とは認められないそうです。

世界で一番おもしろい地図帳2006年05月09日 07時07分34秒


「世界で一番おもしろい地図帳」(青春出版社)を読み終えた。
それぞれのコラムが1ページから2ページと短いため、寝る際に枕元に置いて読むのには最適だった。
眠い時には、1ページ。妙に目がさえてしまったときには十数ページと読んでしまったが、内容が重たくないのでスッキリ眠れる。

内容は、
なぜ日付変更線は太平洋の上にあるのか?
八つ島があるのにどうして伊豆七島?
緯度も経度も0度の場所っていったいどこ?
ヨーロッパの国旗に三色旗が多いのはどうして?
「中東」ってどこからどこまでのこと?
「ワシントンD.C.」の「D.C.」ってなんのこと?

などなど、面白そうでしょう!
うーん、なるほどと思いながら、もうそのほとんどを忘れてしまっていますが・・・。

山口100萩往還マラニック140kmその42006年05月13日 12時45分24秒


これは、完踏賞です。
・・・と言ってもわたしのではなく、女房のです。
女房は、4日の朝6時スタートの瑠璃光寺から萩城址までの35kmの部に参加、2年連続の完踏です。
わたしは2年連続のリタイア、女房は連続完踏で、この写真にある「完踏賞」がふたつあります。
よーし、来年こそは!!!

ラン&バーベキュー2006年05月14日 20時11分50秒

 KSVC(啓和スポーツボランティアクラブ)でのマラソン参加は、例年12月の加須こいのぼりマラソンから5月の菖蒲見沼マラソンの期間だが、今年は菖蒲の大会が休止とのことで、白岡総合運動公園で懇親を兼ねたラン&バーベキューが行われた。
 今回のペアは久しぶりにM君で、1周が約1.10kmを周回するコースだった、いきなりM君が飛び出し併走する形になったが、かなり速いペースで足を進めていった。わたしにとっては久々のスピードでちょっと戸惑ったが、程なく慣れてきた。しかし周を重ねるごとに萩往還の際に痛めた右足の太ももが痛くなってきて最後は歩くような足取りとなったので7周で止めた。

その後、バーベキュー広場に場所を移し、ビールを飲んだ、走り始めてから気温がかなり上がっていたので、美味しかった。

しかし、充分休養をとったと思ったのに、太ももの痛みは予想外だった、肉離れの一歩手前程度なのかもしれない。

富士登山競争の練習2006年05月20日 22時25分48秒


 前日までの天気から、一度は練習を断念したのですが、その後の予報で急回復、慌てて連絡を取り合い行くことになりました。
早朝の都内は雨模様、御殿場から河口湖に抜ける際には濃いガスで視界が極端に悪く、半ば諦めていたのですが、急に視界が開け、うそのような晴れ間が見えました。

 登山競争にエントリーしている友人Kをサポートするということで、まず、わたしがラビットで5分早く市役所をスタート、もう一人の友人Iは車で「中の茶屋」まで行き、登山を先行するかたちにしました。
私は、月江寺交差点を左折する時にはもう喘ぎ始めましたが、徐々に慣れてきて、浅間神社を過ぎてからは、何時追いつかれるかと、時々後ろを見ながらの走りとなりました。なんとか追いつかれずに中の茶屋に到着、すぐに友人Iの車を探して、給水。

ペットボトルを持ってコースに出ると体が横ブレしている友人Kが現れ、一気飲みをしてました。わたしは、汗を拭いてから、車で五合目を目指し一目散、駐車場もすいており、給水と飴をもって、コース上の佐藤小屋(五合目)まで走りました。
時計を見ると、まだ到着には少し早いようなので、小屋から下り始め暫くいくと、友人Iに遭遇、良かった!
そこに友人Kからメール、ヘロヘロとのことでした。
結局、五合目から先には行かず、そのまま下山、美味しいホウトウを頂きました。
わたしは8kmほどの登り勾配ですが、良い練習ができて満足でした。
なかのひと