土木技術者 ― 2006年10月26日 18時41分36秒
イブニングシアターというのを、土木学会の会館でやっている。
以前、京都を旅行した際に、南禅寺で琵琶湖疏水(誰もが一度は見たことがあると思う)を見て興味をもったところ、たまたま、このときの土木技術者の田辺朔郎と琵琶湖疏水がテーマの映画が上映されて見に行ったことがあった。
そして、昨夜は、昭和49年の多摩川の災害で堤防決壊と復旧工事の模様が上映された、「岸辺のアルバム」というドラマがあったが、この方が馴染みがあるのかもしれない。
そして、もう一本は、大災害から一世紀「富士川に注がれた研究と情熱」という映画だった。山梨県が無くなるというほどの水害から、さまざまな研究と工事で改修されていく、その中には、絶えず情熱的な土木技術者たちがいた。
このなかの一人に、安芸皎一先生がいる。
そう水文学の大家、わたしの卒論の先生だ、しかし、学生当時はそんなに凄いとは思わなかった。(いつも穏やか、けして怒らない)会話をした記憶もほとんど今はない。
「河相」というのは、安芸先生の造語らしい、人の顔に人相があるように「河」にも相がある、けっして画一的ではない、その当時では画期的な考えだったようだ。
すでに亡くなって20年以上たつが、あの頃に戻れれば・・・。
昨今、土木イコール公共事業、すなわち悪・無駄遣いのように言われることもあるが、この時代を生きてきた土木技術者たちは今何と言うだろうか。
以前、京都を旅行した際に、南禅寺で琵琶湖疏水(誰もが一度は見たことがあると思う)を見て興味をもったところ、たまたま、このときの土木技術者の田辺朔郎と琵琶湖疏水がテーマの映画が上映されて見に行ったことがあった。
そして、昨夜は、昭和49年の多摩川の災害で堤防決壊と復旧工事の模様が上映された、「岸辺のアルバム」というドラマがあったが、この方が馴染みがあるのかもしれない。
そして、もう一本は、大災害から一世紀「富士川に注がれた研究と情熱」という映画だった。山梨県が無くなるというほどの水害から、さまざまな研究と工事で改修されていく、その中には、絶えず情熱的な土木技術者たちがいた。
このなかの一人に、安芸皎一先生がいる。
そう水文学の大家、わたしの卒論の先生だ、しかし、学生当時はそんなに凄いとは思わなかった。(いつも穏やか、けして怒らない)会話をした記憶もほとんど今はない。
「河相」というのは、安芸先生の造語らしい、人の顔に人相があるように「河」にも相がある、けっして画一的ではない、その当時では画期的な考えだったようだ。
すでに亡くなって20年以上たつが、あの頃に戻れれば・・・。
昨今、土木イコール公共事業、すなわち悪・無駄遣いのように言われることもあるが、この時代を生きてきた土木技術者たちは今何と言うだろうか。
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