山口100萩往還マラニック大会その2 ― 2007年05月04日 23時23分23秒
山口100萩往還マラニックの140kmの部は、実際の距離は134.35kmとなっている。おそらくコース変更などで短くなったのだろうが、コース名称がそのまま残ってしまったのだろう。
さて、石畳の往還道に入る、やがて山道になる。萩往還最高地点(560m)の板堂峠を抜けると、250kmの一番手が前方から来た。自分よりも確かな足取りだ、この大会のあいさつ「お帰りなさい!」と声を掛けた。往還道とバイパスをいくつか下り、旭村の佐々並市(58.45km)、コーヒーを貰おうと思ったら丁度お湯きれ、残念だが致し方ない、レモンを貰い、2時35分に出る。
真っ暗闇の往還道、一里塚跡や一升谷を走り、明木市(67.7km)、ここで饅頭を食べた、甘いものが美味い。だいぶ眠くなってきたが、4時15分に出た、ここからは再び山道に入るのだが、その手前で走りが蛇行し始めてきた、道幅を右にいったり左にでたりで、これは危ないと、横になった。軽くウトウトした、時間にして10分にもなっていないが、空が明るくなってきていた。
少し寝ただけだがだいぶ体が楽になっている、山を登り下ると、有料道路の休憩所に着いた。休まずにそのまま前に進む。萩の町に入り、萩城跡を目指す、もう朝の散歩の人たちがいる。萩城跡・石彫公園(79.15km)が二番目の着替えステーション、思ったより肌寒く、半そでに着替えずそのまま行くことにした、危うくチェックを忘れそうになった、気をつけなければと思いながら6時45分に出る。日本海の海岸線を行く、ここからは250kmのランナーたちと同じゴールを目指すことになる。何人もの250kmランナーに抜かされる。250kmの部に視覚障害者と伴走者がいた、驚きだ、丸二日間も一緒に走り続けるとは!
さて、石畳の往還道に入る、やがて山道になる。萩往還最高地点(560m)の板堂峠を抜けると、250kmの一番手が前方から来た。自分よりも確かな足取りだ、この大会のあいさつ「お帰りなさい!」と声を掛けた。往還道とバイパスをいくつか下り、旭村の佐々並市(58.45km)、コーヒーを貰おうと思ったら丁度お湯きれ、残念だが致し方ない、レモンを貰い、2時35分に出る。
真っ暗闇の往還道、一里塚跡や一升谷を走り、明木市(67.7km)、ここで饅頭を食べた、甘いものが美味い。だいぶ眠くなってきたが、4時15分に出た、ここからは再び山道に入るのだが、その手前で走りが蛇行し始めてきた、道幅を右にいったり左にでたりで、これは危ないと、横になった。軽くウトウトした、時間にして10分にもなっていないが、空が明るくなってきていた。
少し寝ただけだがだいぶ体が楽になっている、山を登り下ると、有料道路の休憩所に着いた。休まずにそのまま前に進む。萩の町に入り、萩城跡を目指す、もう朝の散歩の人たちがいる。萩城跡・石彫公園(79.15km)が二番目の着替えステーション、思ったより肌寒く、半そでに着替えずそのまま行くことにした、危うくチェックを忘れそうになった、気をつけなければと思いながら6時45分に出る。日本海の海岸線を行く、ここからは250kmのランナーたちと同じゴールを目指すことになる。何人もの250kmランナーに抜かされる。250kmの部に視覚障害者と伴走者がいた、驚きだ、丸二日間も一緒に走り続けるとは!
山口100萩往還マラニック大会その3 ― 2007年05月04日 23時23分24秒
第三チェックポイントは、日本一小さい火山、笠山(88.79km)だ、急勾配なので歩きっぱなしだ。すぐに下って虎ヶ崎(91.46km)が第四チェックポイント、ここで日本海を見ながらカレーライスを食べた。
周りを見ると、ほとんどのランナーはビールを飲んでいる。視覚障害者も伴走者も飲んでいる。残りの距離と時間を考えたら楽勝なはずなのだが、自分なりに計算をしてみた。
有料道路の休憩所から山に入る、明木、佐々並そして長いだらだらとした登り、そして最後の往還道、これらを思うと、一時間に5km程度しか進めないと思ったほうが良い。ウルトラや山の経験から、登りが、キロ15分から20分、下りは、5分から7分という検討をつけた。これにさらに休憩がはいる、残りの距離は45kmほど、残りの時間は、9時間とほぼぴったしだ。
応援してくれている皆には悪いが、おぼつかない手での返信はできないと思い8時48分に再スタートした
最後のチェックが東光寺(99.7km)、手前のコンビニでリポビタンを飲んだのが効いたのかどうか分からないが、ともかく足は前に進む。東光寺を出たのが10時10分。萩市内を抜けると今度は、今朝スタートした70kmの部の人たちも加わってきた、みな元気だ!
有料道路の休憩所で、夏みかんを売っていた、一個だけ買い、食べた、ものすごく美味い、走る意欲が再び沸いてきた。
昨年はこの下りで、足が攣り、辛い思いをした。気をつけながら下る、こわいのは、木の根っこや石につまづくこと、思わず体勢を維持しようと無理な格好をするから攣りそうになる、素直に転んでしまえば擦り傷で済むものを踏ん張るから攣ってしまうのだ。
周りを見ると、ほとんどのランナーはビールを飲んでいる。視覚障害者も伴走者も飲んでいる。残りの距離と時間を考えたら楽勝なはずなのだが、自分なりに計算をしてみた。
有料道路の休憩所から山に入る、明木、佐々並そして長いだらだらとした登り、そして最後の往還道、これらを思うと、一時間に5km程度しか進めないと思ったほうが良い。ウルトラや山の経験から、登りが、キロ15分から20分、下りは、5分から7分という検討をつけた。これにさらに休憩がはいる、残りの距離は45kmほど、残りの時間は、9時間とほぼぴったしだ。
応援してくれている皆には悪いが、おぼつかない手での返信はできないと思い8時48分に再スタートした
最後のチェックが東光寺(99.7km)、手前のコンビニでリポビタンを飲んだのが効いたのかどうか分からないが、ともかく足は前に進む。東光寺を出たのが10時10分。萩市内を抜けると今度は、今朝スタートした70kmの部の人たちも加わってきた、みな元気だ!
有料道路の休憩所で、夏みかんを売っていた、一個だけ買い、食べた、ものすごく美味い、走る意欲が再び沸いてきた。
昨年はこの下りで、足が攣り、辛い思いをした。気をつけながら下る、こわいのは、木の根っこや石につまづくこと、思わず体勢を維持しようと無理な格好をするから攣りそうになる、素直に転んでしまえば擦り傷で済むものを踏ん張るから攣ってしまうのだ。
山口100萩往還マラニック大会その4 ― 2007年05月04日 23時23分25秒
明木市(110.75km)では観光なのかハイキングなのか多くの人たちがいた、萩焼などの露天も出ていた。時間は12時17分だ、少し余裕が出てきたが油断は禁物。
往還道のアップダウンは続く、一升谷の長い登りはきつく、やがて昨年リタイアしたところを通過、佐々並(120km)に入りコーヒーを貰う、苦く暖かく、ほっとする、14時10分だ。
ここからはひたすら舗装路の登りと往還道だ、私設エイドだろうか途中でお茶に大福をいただく、疲れたときには甘いものが良い。
往還道の最高標高地点からは下りだ、山道なのでおそるおそるスピードを上げる、バランスも問題ないようだ、距離ももう読めている、少し行ってみるかと足を速めた。
往還道を抜けると舗装路、あと数キロだ、前をいくランナーを拾っていく、最後右折すると瑠璃光寺の前には人だかりだ、拍手と「お帰りなさい」の声、うれしい、寺の前で、伴走を指導してくれたクニさんから声を掛けられた、「ビール飲む!」ゴールしてからと答え、ゴールがある境内に入った。
タイム22時間39分49秒、今思うとかなり余裕があった。
もう少し声援をくれた仲間たちに返信をしていればと思った。
ゴールして、すぐに門前の茶店で生ビールも飲む、自分へのご褒美だ。しかし、しばらくすると寒気が襲ってきた。
我慢できないほどになってきたので、堂春寺に戻り着替えた。タクシーを拾いホテルへ、温泉に入ったのだが、熱さからか眩暈がし気分が悪くなってきた、水を掛け冷やした。
部屋にもどり、すぐに寝てしまった。
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