ゴールドコーストマラソンツアーその3 ― 2008年07月19日 00時46分36秒
ゴールドコーストマラソンツアーその2 ― 2008年07月17日 23時34分01秒
レース当日、夜明け前にホテルのロビーに集合、ここからシャトルバスに乗って大会会場に行くのですが、ここで大失態。
ツアー係員が、「チップを忘れないよう!」と・・・ない、無い、チップがない。
慌てて、部屋に戻って探すも、見つからない。
そのうちに電話が鳴り、諦めて、先に言ってくださいと言った。
昨日、会場とホテル間の約5kmをジョグしたので道は分かっていたので言えたのだが。
落ち着いて探す。そして見つけた、なんとトランクの下にあった。
ロビーに戻ると、バスが丁度出て行くところ、てっきりもう先に行ってしまって、違うツアーのバスだと思ったら、出発に手間取っていたようで、何とか乗れた、ラッキー!
スタート地点では、福岡のランニング仲間ご夫妻とも会えた。
カメラ片手に友人と並ぶ、そして6時50分にスタート、起きた時には雨風だったのだが、晴れ間がのぞきそうな気配だった。
一応、目標はハーフを2時間でシャッターを押しながらのランになった。
景色は抜群、単調かと思ったがそうでもない、久々のフルマラソンで気持も高揚していたかもしれないが、妙に楽しい。
モニターになった携帯音楽プレーヤーのリズムも快調だった。
第一折り返し手前で、友人とと会った。
4時間のペースランナーと前後していたのだが、暫くしてトイレに行った。
大会会場が25km付近でゴールを横目に通過した。
何回か沿道の応援の方やスタッフにシャッターを押して貰いながらのラン、第二折り返しでは後ろのランナーが取ってやるからカメラをよこせと、そうしたら、女性ランナーがそばに寄ってきて一緒にツーショット(上の画像)になってしまった。あの女性ランナーは一体何だったのか???
福岡の友人に抜かれ、奥さんとすれ違い、さらに海岸線を走る。
ナンバーカードに書かれたファーストネームを見て「SATORU」と呼んで応援してくれる。
最後の数キロ、足が攣りそうになり立ち止まることもあったが、何とかゴール。
目標のタイムには及ばなかったが、足底筋も前ほど傷まず、満足のいく走りができた。
海外マラソンは良いな!!!
最後は、ゴールが来ないでくれと思いながら走った。
ツアー係員が、「チップを忘れないよう!」と・・・ない、無い、チップがない。
慌てて、部屋に戻って探すも、見つからない。
そのうちに電話が鳴り、諦めて、先に言ってくださいと言った。
昨日、会場とホテル間の約5kmをジョグしたので道は分かっていたので言えたのだが。
落ち着いて探す。そして見つけた、なんとトランクの下にあった。
ロビーに戻ると、バスが丁度出て行くところ、てっきりもう先に行ってしまって、違うツアーのバスだと思ったら、出発に手間取っていたようで、何とか乗れた、ラッキー!
スタート地点では、福岡のランニング仲間ご夫妻とも会えた。
カメラ片手に友人と並ぶ、そして6時50分にスタート、起きた時には雨風だったのだが、晴れ間がのぞきそうな気配だった。
一応、目標はハーフを2時間でシャッターを押しながらのランになった。
景色は抜群、単調かと思ったがそうでもない、久々のフルマラソンで気持も高揚していたかもしれないが、妙に楽しい。
モニターになった携帯音楽プレーヤーのリズムも快調だった。
第一折り返し手前で、友人とと会った。
4時間のペースランナーと前後していたのだが、暫くしてトイレに行った。
大会会場が25km付近でゴールを横目に通過した。
何回か沿道の応援の方やスタッフにシャッターを押して貰いながらのラン、第二折り返しでは後ろのランナーが取ってやるからカメラをよこせと、そうしたら、女性ランナーがそばに寄ってきて一緒にツーショット(上の画像)になってしまった。あの女性ランナーは一体何だったのか???
福岡の友人に抜かれ、奥さんとすれ違い、さらに海岸線を走る。
ナンバーカードに書かれたファーストネームを見て「SATORU」と呼んで応援してくれる。
最後の数キロ、足が攣りそうになり立ち止まることもあったが、何とかゴール。
目標のタイムには及ばなかったが、足底筋も前ほど傷まず、満足のいく走りができた。
海外マラソンは良いな!!!
最後は、ゴールが来ないでくれと思いながら走った。
ゴールドコーストマラソンツアーその1 ― 2008年07月13日 21時40分07秒
7月3日(木)21時30分に成田発
オーストラリアのブリスベン空港に翌4日(金)7時5分着
入国審査で長蛇の列、さらに荷物の受け取りでかなりの時間待たされた。
金哲彦さんとの下見ツアーが、チェックイン前の13時ということで、運動ができるウェアをトランクから出し手に持った。
曇り空の中、ゴールドコーストの中心部、サーファーズパラダイスにあるホリディインに向かった。
ホリディインで簡単な説明を受け、下見ツアーの時間まで解散、友人と町を散策、何軒かの土産物屋とレストランを巡った。
13時よりバスでマラソンコースの下見ツアー、まずは南下して一番目の折り返し地点 12.5kmまで移動し、そこからスタート地点の25kmを過ぎ、第二折り返し地点35kmまで移動した。
スタート地点近くの会場付近で、バスを下車し、みんなで簡単なストレッチを金さんの指導で行った。
残念ながら、車の渋滞で、下見に時間がかかったためジョギングは行われなかった。
ホテルに戻る途中のバス車中で、ある機器のモニター募集とのこと、何のモニターかというと、自分が二十歳の時に流行った音楽を自分が完走するタイムのリズムに変換した携帯音楽プレーヤーを貸し出すので、それをレース時に装着するというものだった。
これはビジネスとして面白いと感じ、モニターに応募した。
思わぬことで時間がかかり、福岡の友人たちとナンバー引き換えに会場にいく約束の4時になってしまった。チェックインも出来ず、待ち合わせし、タクシーで会場に向かいナンバー引き換えを行った。
エキスポ会場は、もう少し盛り上がっているかと思ったのだが、妙に閑散としていたし、オフィシャルグッズも購買意欲をそそるものはなかった。
ナンバー引き換え後の帰りが大変だった、タクシーが来ない、だいぶ待ったのだが諦めて、友人と一緒にホテルまで走って帰ることにした。
両手に荷物を持ちながらなので、ジョギングレベルだったが、地理的な状況が飲み込めてそれなりに良かった。
ホテルは、GCI(ゴールドコーストインターナショナル)で、18時半にやっとチェックインできた。
シャワーを浴び、早々に夕食へと町に繰り出した。
オーストラリアのブリスベン空港に翌4日(金)7時5分着
入国審査で長蛇の列、さらに荷物の受け取りでかなりの時間待たされた。
金哲彦さんとの下見ツアーが、チェックイン前の13時ということで、運動ができるウェアをトランクから出し手に持った。
曇り空の中、ゴールドコーストの中心部、サーファーズパラダイスにあるホリディインに向かった。
ホリディインで簡単な説明を受け、下見ツアーの時間まで解散、友人と町を散策、何軒かの土産物屋とレストランを巡った。
13時よりバスでマラソンコースの下見ツアー、まずは南下して一番目の折り返し地点 12.5kmまで移動し、そこからスタート地点の25kmを過ぎ、第二折り返し地点35kmまで移動した。
スタート地点近くの会場付近で、バスを下車し、みんなで簡単なストレッチを金さんの指導で行った。
残念ながら、車の渋滞で、下見に時間がかかったためジョギングは行われなかった。
ホテルに戻る途中のバス車中で、ある機器のモニター募集とのこと、何のモニターかというと、自分が二十歳の時に流行った音楽を自分が完走するタイムのリズムに変換した携帯音楽プレーヤーを貸し出すので、それをレース時に装着するというものだった。
これはビジネスとして面白いと感じ、モニターに応募した。
思わぬことで時間がかかり、福岡の友人たちとナンバー引き換えに会場にいく約束の4時になってしまった。チェックインも出来ず、待ち合わせし、タクシーで会場に向かいナンバー引き換えを行った。
エキスポ会場は、もう少し盛り上がっているかと思ったのだが、妙に閑散としていたし、オフィシャルグッズも購買意欲をそそるものはなかった。
ナンバー引き換え後の帰りが大変だった、タクシーが来ない、だいぶ待ったのだが諦めて、友人と一緒にホテルまで走って帰ることにした。
両手に荷物を持ちながらなので、ジョギングレベルだったが、地理的な状況が飲み込めてそれなりに良かった。
ホテルは、GCI(ゴールドコーストインターナショナル)で、18時半にやっとチェックインできた。
シャワーを浴び、早々に夕食へと町に繰り出した。
ゴールドコーストマラソン ― 2008年07月06日 23時28分36秒
新緑の奥武蔵チャレンジラン&ウォーク ― 2008年06月01日 21時33分54秒
萩往還から1ヶ月弱、完全に体力を回復しているわけでもなく、また、ほとんど練習もしていないので不安一杯の参加だった。
埼玉県の高麗神社が会場、レースは歩行者扱いということで、十数秒間隔のウェーブスタートで行われた。
五十番会のメンバーの二人と三人で、8時3分にスタートした。昨日とは打って変わり、既に太陽が照りつけ気温もグングン上昇していった。
暫くは、登り一辺倒だ、日影があると嬉しい。
キロ7~8分と早くもなく上々の滑り出しだった。最初のエイド7.5km地点までは三人一緒だったが、物見山に入ってから置いていかれてしまった。
やがてアップダウンを繰り返しながら、徐々に高度をあげていく。エイドの数は少ないが、場所によって色々なものが出てくる。
トマトに塩を付けて、これは美味かった。
二年前に参加したときよりは、参加者が相当増えている。以前は、前後にランナーがいなくなることがあったが、今日はそんなことはない。
25km過ぎだろうか、やはり五十番会のAさんに追いついた。
だいぶめげてきた所だったので、話しをしながら足を前に進めた。
30kmでは、混ぜご飯に味噌汁、カボチャが入った汁粉。35.4kmではソーメンが美味しかった。
ここからは下りとなる。かなり急勾配な箇所もあったが、順調に足を進めることができた。
芦ヶ久保小学校がゴール、フルのアップダウンのあるコースを6時間弱駆けて走りきった。
着替え後、道の駅まで行って蕎麦にビール、至福の時だ、だから止められない。
埼玉県の高麗神社が会場、レースは歩行者扱いということで、十数秒間隔のウェーブスタートで行われた。
五十番会のメンバーの二人と三人で、8時3分にスタートした。昨日とは打って変わり、既に太陽が照りつけ気温もグングン上昇していった。
暫くは、登り一辺倒だ、日影があると嬉しい。
キロ7~8分と早くもなく上々の滑り出しだった。最初のエイド7.5km地点までは三人一緒だったが、物見山に入ってから置いていかれてしまった。
やがてアップダウンを繰り返しながら、徐々に高度をあげていく。エイドの数は少ないが、場所によって色々なものが出てくる。
トマトに塩を付けて、これは美味かった。
二年前に参加したときよりは、参加者が相当増えている。以前は、前後にランナーがいなくなることがあったが、今日はそんなことはない。
25km過ぎだろうか、やはり五十番会のAさんに追いついた。
だいぶめげてきた所だったので、話しをしながら足を前に進めた。
30kmでは、混ぜご飯に味噌汁、カボチャが入った汁粉。35.4kmではソーメンが美味しかった。
ここからは下りとなる。かなり急勾配な箇所もあったが、順調に足を進めることができた。
芦ヶ久保小学校がゴール、フルのアップダウンのあるコースを6時間弱駆けて走りきった。
着替え後、道の駅まで行って蕎麦にビール、至福の時だ、だから止められない。
山口100萩往還マラニック250kmその8 ― 2008年05月10日 18時25分04秒
東光寺を折り返したベンチで暫く休む、このままの足の状態ではこの先が心配だが、行くしかない。萩市内でアイスクリームを買い、食べる、栄養補給と体を冷やすのに丁度よい。70kmのCナンバーの人たちとも合流し始めた。
萩往還公園(223.4km,11時50分)では、昨年と同じ場所で夏みかんを1個100円で買い休みながら食べた。うーん、美味い元気が出る。
さて、ここから萩往還道の山だ、足が攣らないように慎重に登り下った。すれ違うランナーからお疲れ様の言葉、追い抜く人からは頑張りましょうの言葉、ゴールに向けての一体感がでてくる。
明木(227.0km,12時45分)を抜けると往還道の難所、一升坂の登りだ、さすがに歩きが多くなるが、制限時間が心配で走ったりもする。萩で少しノンビリし過ぎたかと後悔する。佐々並(236.1km,14時45分)で熱いコーヒーを砂糖たっぷりで2杯飲んだ、あと3時間、暫くは登り勾配が続く、挫けると歩いてしまうので、エッサなど声を出してリズムをとり足を前に進めた。
夏木原キャンプ場を過ぎると間もなく山の往還道に入る、ここまで来ると先が読める、登りも下りも足は痛むが前に進める。やがてオカリナを音が、ランナーが下ってくるとオカリナで応援してくれる。「ありがとう」と足を速めた。
往還道の山口側入り口に出た。あと4km弱、通り過ぎるランナーに写真を撮って貰う余裕がでてきた。
下り一辺倒で、足を進め、最後大きく右折すると、ゴールの瑠璃光寺が見えた。沿道の両側には大きな声援が!思わず涙ぐみながら境内に入り、ゴールテープを切った。
2008年5月2日18時~5月4日18時の制限時間が48時間
距離 250km 時間 47時間33分38秒 完踏者217名中197位だった。
萩往還公園(223.4km,11時50分)では、昨年と同じ場所で夏みかんを1個100円で買い休みながら食べた。うーん、美味い元気が出る。
さて、ここから萩往還道の山だ、足が攣らないように慎重に登り下った。すれ違うランナーからお疲れ様の言葉、追い抜く人からは頑張りましょうの言葉、ゴールに向けての一体感がでてくる。
明木(227.0km,12時45分)を抜けると往還道の難所、一升坂の登りだ、さすがに歩きが多くなるが、制限時間が心配で走ったりもする。萩で少しノンビリし過ぎたかと後悔する。佐々並(236.1km,14時45分)で熱いコーヒーを砂糖たっぷりで2杯飲んだ、あと3時間、暫くは登り勾配が続く、挫けると歩いてしまうので、エッサなど声を出してリズムをとり足を前に進めた。
夏木原キャンプ場を過ぎると間もなく山の往還道に入る、ここまで来ると先が読める、登りも下りも足は痛むが前に進める。やがてオカリナを音が、ランナーが下ってくるとオカリナで応援してくれる。「ありがとう」と足を速めた。
往還道の山口側入り口に出た。あと4km弱、通り過ぎるランナーに写真を撮って貰う余裕がでてきた。
下り一辺倒で、足を進め、最後大きく右折すると、ゴールの瑠璃光寺が見えた。沿道の両側には大きな声援が!思わず涙ぐみながら境内に入り、ゴールテープを切った。
2008年5月2日18時~5月4日18時の制限時間が48時間
距離 250km 時間 47時間33分38秒 完踏者217名中197位だった。
山口100萩往還マラニック250kmその7 ― 2008年05月10日 17時51分35秒
宗頭文化センター(174.7km)に1時に着いた。着替える余裕がない、うどんとオニギリを一個貰い、顔のキズの手当てをして貰いそのまま真っ暗闇のコースにでた。
ここから先はコースも複雑で、初心者は一人ではないほうが良いとされたところだ。
見ず知らずの経験者に着いていくことにする、途中で声をかけ同行をお願いした。この方は、とにかく歩くだけなのだが早い、油断すると置いていかれる。それに眠気と疲労からか覚醒し始めた。電信柱や木々がゆがむ、女の人が立っている、こんな山にエイドが、全部幻覚だった。
ただ一箇所、三見駅と玉江駅の中間の山中にはホントに私設エイドがあった。よくもこんな寂しいところでエイドを、嬉しかった。
覚醒したまま萩に入った、玉江駅(194.2km,5時17分)だ、同行して頂いた方に礼を言い、駅のベンチで5分ほど寝た。
さぁ、ここからは、昨年の140kmと同じ道、予定タイムより1時間ほど遅いが頑張るぞ!
玉江駅を後にし、萩城址を経て海沿いを走る。ここで、Tシャツを長そでから半そでに着替えた。萩焼会館を過ぎると折り返しのランナーがいる。Aナンバーは250kmの部、Bナンバーは140kmの部の人たち、やはりBナンバーの方が足に勢いがある。笠山(204.8km,7時46分)は、日本一低い火口で、直前が急こう配なっている、もちろん歩く。そして、少し下り回り込むと虎ヶ崎(207.4km,8時30分)の椿の館、ここでもカレーライスを頂く、前の席のAナンバーの女性はカレーにビールだ。わたしも嫌いじゃないが、とても飲む気にはなれない。
最後のチェックポイント東光寺に向かう。途中の小さなコンビニで氷を一袋買った。リザーバーに入れる、余りを帽子の中にいれ、近くのランナーにもあげた。そろそろ冷たくなってきたかとリザーバーの水を吸うが冷たくない、おかしい、暫らく待ってまた吸う、冷たくない。
何回か繰り返しやっと分かった。リーザーバーの中は冷えているのだが、ホースの中は温かいまま、こんなことも分からないとはやはり頭がボーとしているのだ。
右足のすねが痛み出し、余った氷でアイシングもした。通りかかった13回連続完踏の知人に痛み止めのロキソニンも貰った。
右足を引きづり気味に最後のチェックポイントの東光寺に着いた。
ここから先はコースも複雑で、初心者は一人ではないほうが良いとされたところだ。
見ず知らずの経験者に着いていくことにする、途中で声をかけ同行をお願いした。この方は、とにかく歩くだけなのだが早い、油断すると置いていかれる。それに眠気と疲労からか覚醒し始めた。電信柱や木々がゆがむ、女の人が立っている、こんな山にエイドが、全部幻覚だった。
ただ一箇所、三見駅と玉江駅の中間の山中にはホントに私設エイドがあった。よくもこんな寂しいところでエイドを、嬉しかった。
覚醒したまま萩に入った、玉江駅(194.2km,5時17分)だ、同行して頂いた方に礼を言い、駅のベンチで5分ほど寝た。
さぁ、ここからは、昨年の140kmと同じ道、予定タイムより1時間ほど遅いが頑張るぞ!
玉江駅を後にし、萩城址を経て海沿いを走る。ここで、Tシャツを長そでから半そでに着替えた。萩焼会館を過ぎると折り返しのランナーがいる。Aナンバーは250kmの部、Bナンバーは140kmの部の人たち、やはりBナンバーの方が足に勢いがある。笠山(204.8km,7時46分)は、日本一低い火口で、直前が急こう配なっている、もちろん歩く。そして、少し下り回り込むと虎ヶ崎(207.4km,8時30分)の椿の館、ここでもカレーライスを頂く、前の席のAナンバーの女性はカレーにビールだ。わたしも嫌いじゃないが、とても飲む気にはなれない。
最後のチェックポイント東光寺に向かう。途中の小さなコンビニで氷を一袋買った。リザーバーに入れる、余りを帽子の中にいれ、近くのランナーにもあげた。そろそろ冷たくなってきたかとリザーバーの水を吸うが冷たくない、おかしい、暫らく待ってまた吸う、冷たくない。
何回か繰り返しやっと分かった。リーザーバーの中は冷えているのだが、ホースの中は温かいまま、こんなことも分からないとはやはり頭がボーとしているのだ。
右足のすねが痛み出し、余った氷でアイシングもした。通りかかった13回連続完踏の知人に痛み止めのロキソニンも貰った。
右足を引きづり気味に最後のチェックポイントの東光寺に着いた。
山口100萩往還マラニック250kmその6 ― 2008年05月10日 17時45分56秒
途中の食料品店でアイスクリームを買い食べた、美味い、アイスってこんなに美味いんだ。
川尻岬の沖田食堂(107.2km,10時55分)に着いた、今度はカレーライスだ、食欲が落ちないのがなによりだ、それにしてもビールを飲んでいるランナーがチラホラ、さすがにそこまではできない。
大浜海岸、立石観音を経て千畳敷にいたる17kmほどはアップダウンが激しくかなり消耗した。千畳敷(124.8km,14時45分)も観光名所らしい、棚田は百選に入っているらしい。ここでもソフトクリームを食べた。
そして、この場所でこの時間では完踏は厳しいようなことを経験者から言われた、まだ先は長いが行ける所まで行く!
途中のエイドで、チキンラーメンを頂いた。二日目では食堂以外初めてのエイドだった、初日のエイドの手厚さとだいぶ違う。食べたからだろうか、眠くなってきた。コース上歩道脇で横になって目を瞑ったが寝れない。
しかし、あまり余裕がない、足を先に進めたが、たぶん歩くのより遅いのだろう。
仙崎公園(142.7km,18時15分)に着いた、ここから青海島の鯨墓まで往復することになる、仙崎の手前から一緒になった経験者に引っ張って貰い向かった。宗頭(174.7km)を夜中の1時に出発すれば完踏できるとのことで、狭い道、車がバンバン飛ばす中を必死に走った。鯨墓(152.9km)で小休止、途中にあるはずの静が浦キャンプ場の食堂は時間が遅く閉まっていた、一食損した。
仙崎公園(163.1km)に戻り、寒いので長袖のTシャツに着替えた。コースが解り難いと、経験者の後に続いた。しかし、またしても睡魔が襲い、コースを確認し歩道に寝た。しかし5分ほどか、先を急いだ。
今夜も満天の星だと思った瞬間、毛躓き大きく転倒した。携帯電話が転げ落ちたので心配でボタンを押したが、自分の指に反応がない、一瞬壊れたと思ったが、強打して指の感覚がなくなっていたのだ。顔が痛い、左頬を手でさすり、見てみると血がついていた。左肩、右足の膝裏とスネに足首も鈍痛がした。
川尻岬の沖田食堂(107.2km,10時55分)に着いた、今度はカレーライスだ、食欲が落ちないのがなによりだ、それにしてもビールを飲んでいるランナーがチラホラ、さすがにそこまではできない。
大浜海岸、立石観音を経て千畳敷にいたる17kmほどはアップダウンが激しくかなり消耗した。千畳敷(124.8km,14時45分)も観光名所らしい、棚田は百選に入っているらしい。ここでもソフトクリームを食べた。
そして、この場所でこの時間では完踏は厳しいようなことを経験者から言われた、まだ先は長いが行ける所まで行く!
途中のエイドで、チキンラーメンを頂いた。二日目では食堂以外初めてのエイドだった、初日のエイドの手厚さとだいぶ違う。食べたからだろうか、眠くなってきた。コース上歩道脇で横になって目を瞑ったが寝れない。
しかし、あまり余裕がない、足を先に進めたが、たぶん歩くのより遅いのだろう。
仙崎公園(142.7km,18時15分)に着いた、ここから青海島の鯨墓まで往復することになる、仙崎の手前から一緒になった経験者に引っ張って貰い向かった。宗頭(174.7km)を夜中の1時に出発すれば完踏できるとのことで、狭い道、車がバンバン飛ばす中を必死に走った。鯨墓(152.9km)で小休止、途中にあるはずの静が浦キャンプ場の食堂は時間が遅く閉まっていた、一食損した。
仙崎公園(163.1km)に戻り、寒いので長袖のTシャツに着替えた。コースが解り難いと、経験者の後に続いた。しかし、またしても睡魔が襲い、コースを確認し歩道に寝た。しかし5分ほどか、先を急いだ。
今夜も満天の星だと思った瞬間、毛躓き大きく転倒した。携帯電話が転げ落ちたので心配でボタンを押したが、自分の指に反応がない、一瞬壊れたと思ったが、強打して指の感覚がなくなっていたのだ。顔が痛い、左頬を手でさすり、見てみると血がついていた。左肩、右足の膝裏とスネに足首も鈍痛がした。
山口100萩往還マラニック250kmその5 ― 2008年05月10日 16時40分51秒
山口100萩往還マラニック250kmその4 ― 2008年05月09日 01時04分12秒
漆黒の闇だ、試しにヘッドランプを消してみると、何も見えない、自分の手も見えない。しかし空を見上げると、星が降ってくるようだ、満天の星、皆にも見せたいなと思いながら再び走り始めた。
豊田湖(57.1km)のエイド(公園の食堂)に着いたのが2時22分、ここで初めて食券を使ってオニギリ2個にうどんを頂いた。
出発の準備をしていると、女性が一人ベンチに横たわっている、知り合いらしき人との話しを聞いているとどうも骨折したらしい、気をつけなければと再スタートした。
俵山温泉(65.9km,3時41分)大坊(76.4km,5時13分)を通過、エイドで食べ物がない、豊田湖でしっかり食べておいて良かった。眠いが走りながら寝てしまうほどでもないし、蛇行しているわけでもない、ただ、さすがに疲れてきた。
やがて陽があけてくる、きれいな海が広がってきた、油谷湾だ。海湧食堂(85.7km,7時25分)では、おかゆと味噌汁を頂く、これまた美味い、頭痛もすっかり無くなった。
この食堂から少し離れた油谷中学が一つ目の荷物置き場になっている。顔を洗う、気持ちが良い、ロングスパッツを履き替えて、Tシャツも長袖を半袖に着替えた。そして考えた、日中は半袖で問題ないが、夜になったらまた冷える、冷える前に次の荷物置き場に行けるか解らない。
長袖Tシャツを水道水のみで洗った、これで背中で干しながら走ろう。
着替えたのでリフレッシュできた、油谷湾を左手に見ながら、直下には棚田が広がる、まさに日本の原風景と見とれながら進むと、「楊貴妃の墓」が表れた、なんだか名所らしいのでコースを外れて見に行った。
豊田湖(57.1km)のエイド(公園の食堂)に着いたのが2時22分、ここで初めて食券を使ってオニギリ2個にうどんを頂いた。
出発の準備をしていると、女性が一人ベンチに横たわっている、知り合いらしき人との話しを聞いているとどうも骨折したらしい、気をつけなければと再スタートした。
俵山温泉(65.9km,3時41分)大坊(76.4km,5時13分)を通過、エイドで食べ物がない、豊田湖でしっかり食べておいて良かった。眠いが走りながら寝てしまうほどでもないし、蛇行しているわけでもない、ただ、さすがに疲れてきた。
やがて陽があけてくる、きれいな海が広がってきた、油谷湾だ。海湧食堂(85.7km,7時25分)では、おかゆと味噌汁を頂く、これまた美味い、頭痛もすっかり無くなった。
この食堂から少し離れた油谷中学が一つ目の荷物置き場になっている。顔を洗う、気持ちが良い、ロングスパッツを履き替えて、Tシャツも長袖を半袖に着替えた。そして考えた、日中は半袖で問題ないが、夜になったらまた冷える、冷える前に次の荷物置き場に行けるか解らない。
長袖Tシャツを水道水のみで洗った、これで背中で干しながら走ろう。
着替えたのでリフレッシュできた、油谷湾を左手に見ながら、直下には棚田が広がる、まさに日本の原風景と見とれながら進むと、「楊貴妃の墓」が表れた、なんだか名所らしいのでコースを外れて見に行った。








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